CVカテーテルカバーをご存知ですか?小児がん治療などで中心静脈カテーテルを使用する子どもたちの治療を支える布製のカバーです。実は、このカバーにはメーカー製造の市販品が存在しません。病院の売店にも販売がないため、突然の入院を告げられた家族が、手作りを求められるという現実が、今も続いています。
なぜ市販されないのか。その答えを辿っていくと、小児医療が抱える構造的な課題——ドラッグラグ・ドラッグロス問題——へとつながっていきます。
カテーテルケース製作キットを開発・販売するチャーミングケア代表の石嶋瑞穂と、看護師・メディカルライターのAさんが、その「見えない課題」について語り合いました。
※ この記事では、小児医療にまつわる体験や課題について当事者の言葉でお伝えします。現在治療中のお子さんやご家族の方は、無理なく読み進めてください。
カテーテルカバーとの出会い

看護師A
石嶋さんの活動のきっかけって、息子さんの入院がきっかけだと聞いたんですが、最初からカテーテルカバーを作ろうと思ってたわけじゃないですよね?
石嶋
全然(笑)。長男が急性リンパ性白血病で入院したとき、看護師さんから「カテーテルカバーを用意してください」って言われたのがはじまりです。
看護師A
それ、いつ言われたんですか?
石嶋
カテーテルを入れる手術の前日の夜です。
看護師A
前日の夜!それは困りますよね……。
石嶋
「市販品はないので手作りで」って言われて、付き添い入院中だから息子のそばを離れられないし、材料を買いに行く時間も裁縫をする時間もない。友人が作ってくれることになったんですが、今度は型紙もサンプルも何もない(笑)。息子より小さい子のカバーを採寸させてもらって、型紙を起こすところから始まりました。
看護師A
いや、それはしんどい。お子さんの手術前夜に、型紙の話をしないといけないって……。現場でも手作りが前提になってるのは知っていたんですが、そのタイミングで言われるのはさすがに。
石嶋
現代の女性全員が裁縫できるわけじゃないですしね。わたし自身「手作り?なんで?無理なんだけど」って正直思いました(笑)。同じ思いをしている人の助けになれば、と「カテーテルケース製作キット」の販売を始めたのが最初の一歩です。
看護師A
入院中のお母さんが、息子さんの治療と並行してキットを作り始めたということ自体、すごいことだと思います。
安全性とのバランス、どう考えた?

看護師A
看護師目線のお話をしてもいいですか?カテーテルって感染リスクがあるものなので、カバーが原因になっては絶対にいけない。それに、誤って引っ張れば事故抜去にもつながる。販売するにあたって、怖さはありませんでしたか?
石嶋
すごくありました。「これが正しい」という型がないものだったし、医療機器を包むものだから、医療職じゃないわたしでもリスクは分かる。自分の子どもが使う分にはいいけれど、販売するとなったら話が違う。だから、使用経験がある当事者や家族に何度も意見を聞いて、「キット」として販売できるように改良していきました。医療職の方が周りにたくさんいたことは、ある意味環境に恵まれていたかもしれないですね。
看護師A
最初に20組のアンケートを取ったと聞きましたが、その結果ってどうだったんですか?
石嶋
病院によって求められる仕様が全然違うし、手作り品の使用を許可していない病院もある、ということがわかりました。子どもの体格やカテーテルの種類もさまざまなので、「縫製済みの完成品ではなく、キットのみ」にして手縫いで仕上げてもらう形にしたんです。


看護師A
「完成品は売らない」って、一見不便そうだけど、それが正解だったんですね。病院の指示に合わせて調整できる余地が残る。
石嶋
そうなんです。販売ページでも、医療機関の指示に従うことや、「医療的な判断が必要な場合は必ず医療従事者に相談を」というのは必ず明記しています。元々広告代理店の医療専門チームにいたので、患者さん向けの資材づくりには慣れていたっていうのもあって。
看護師A
それは確かに、ページを見てすごく丁寧だなと思いました。「医療機器じゃなくて生活の工夫です」というのが、ちゃんと伝わってくる。
「製品化できなかった」経験から見えてきたこと
石嶋
感染リスクを少しでも減らしたくて、メーカーさんと話したことがあります。でも返ってきた答えは「開発費に莫大な費用がかかり、利用者が子どもだけとなると市場が小さくてコストが合わない」というものでした。
看護師A
それ、正直すぎる答えですね……。
石嶋
でも、同時にすごく腑に落ちたんです。そのメーカーの担当者さんに、「医療機器の付属品として開発するのは難しいけれど、今石嶋さんがやっているように『かわいい・かっこいい』という感覚の雑貨として扱うなら、販売も可能かもしれない。ただその役割は我々ではない」と言われて。
看護師A
「雑貨」という切り口、それはそれで新しい視点ですよね。でも確かに、医療機器として扱うとなると基準が全然変わってくる。
石嶋
そうなんです。子どものケア用品って、年齢や体格によってニーズが細かく分かれるので、大量生産が本当に難しい。それに「かわいい」「かっこいい」という感覚を医療ケアグッズに持ち込む文化自体が、まだ日本にはなかった。それがチャーミングケアという概念を作ろうと思ったきっかけにもなりました。

看護師A
カバー一枚の話が、文化の話になってくるんですね。
石嶋
そうなんです。その文化を作っていく過程で、この「市場が小さいから作れない」という構造が、実は薬でも起きているんだと気づいたのが、ドラッグラグ・ロスの問題でした。数年前に医療者の方から話を聞いて、海外では使えるのに日本の子どもたちには届かない薬があるという現実を知ったとき、カテーテルカバーでの医療機器メーカーさんとのやり取りの経験と重なって。
看護師A
現場でも実感します。海外の治験情報を自分で調べてくるご家族がいて、「なぜ日本では使えないの?」って聞かれると、正直答えに詰まるんです。
石嶋
*抗がん剤治療も、抗がん剤の開発・承認が進めばカテーテルが必要な期間が短くなることもあるかもしれない。子どもの月齢にもよると思いますが、カテーテルカバーが今ほど必要性がなくなるかもしれないわけですよね。そう考えると、カテーテルカバーが必要という課題は、ドラッグラグ・ロス問題の下流の課題なんじゃないかなと。子ども特有の話は「市場規模が小さく採算が合わない」「開発・承認へのハードルが高い」という根本構造が変わらない限り、解決しない。チャーミングケアでも、販売を続けながら、この問題を少しずつ伝えていきたいと思っています。
看護師A
カバーを作る話から、薬の話、医療の構造の話まで、全部つながってるんですね。今日、改めて整理できた気がします。
おわりに
一枚のカテーテルカバーを作ることから始まった石嶋さんの活動は、子どもたちの「生活の工夫」を支えるだけでなく、小児医療が抱える構造的な課題へのまなざしへとつながっています。チャーミングケアでは今後も、専門家との対話を通じて情報を発信していきます。
*ご紹介したCVカテーテルカバーは、チャーミングケアモールで販売しています。
📋 知っておきたいキーワード
◆ ドラッグラグとは
海外では使われている薬が、日本で承認・使用できるようになるまでに「時間差」が生じる現象。近年、審査の遅れは改善されつつあります。
◆ ドラッグロスとは
海外で使用されている薬が、日本では開発にすら着手されていない状態。がん・希少疾患・小児疾患など、患者数は少ないが医療上の必要性が高い分野で深刻です。
◆ 小児がん薬の現状(参考)
2020〜2022年にアメリカで小児向けの適応を取得した抗がん剤40品目のうち、日本で小児適応を取得していないものが16品目、日本で未承認のものが8品目ありました。また、アメリカで小児がん用に承認されている医薬品の約60%が日本では小児適応を取得していないとされています。
参考文献
・厚生労働省「創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制のあり方に関する検討会 資料」
・日本製薬工業協会「Q39. ドラッグ・ラグとはなんですか」
・国立国会図書館 調査及び立法考査局「ドラッグ・ロスの現状及び対策」
・医薬産業政策研究所「ドラッグ・ラグ:小児適応を持つ日本未承認薬の特徴 その2 抗がん剤」
・日本製薬工業協会「ドラッグラグ・ドラッグロス」
・医薬産業政策研究所「ドラッグ・ラグ/ロスの実態把握と要因分析」